2018/10/21
※2016年10月一部改訂しています
目次
幹細胞を用いた発毛治療とは
ips細胞の発明から、にわかに再生医療が注目を浴び、今では再生医療や幹細胞のニュースや広告を目にしない日はないほどです。しかし、AGA治療で「幹細胞治療」と謳われているものには、注意が必要です。特に美容外科系の派手な広告や宣伝を鵜呑みにするのは、お勧め出来ません。
もちろん、医師からの説明をきちんと受けた上で、効果や費用、リスクについて納得した上での治療であれば構いませんが、たいていの美容外科では、「幹細胞は人体の60兆個の細胞の大元になる細胞で~(中略)、あらゆる細胞に分化する能力があり~(中略)、悪いところに投与すると悪い臓器を修復してくれ~(中略)、よってあなたの髪の毛も生えます!」などと説明してある広告がほとんです。説明の中で?が付く箇所はたくさんあるのですが、患者さんは幹細胞と聞くと、「お、なんか凄そう!」と思い、鵜呑みにしてしまう傾向がありますので、最低でも基本的な事項を押さえて置かなければなりません。
まず、幹細胞治療と謳われるものの中には、大きくわけて2種類あります。一つは幹細胞自体を使う治療、もう一つは幹細胞の培養液を使う治療です。
幹細胞自体を使う発毛治療
幹細胞自体を使用する治療では、自分の体から幹細胞を取って、体外で培養させて、自分の体に戻すという治療になります。細胞自体を使うので、免疫の関係で他人の細胞を使用することはできませんので、自分の体のどこかしらの部位から幹細胞を採取する必要があります。
幹細胞は末梢血や骨髄、脂肪などから採取することが出来ますが、現在美容外科系のクリニックで行われている治療のほとんどは、脂肪由来の幹細胞を用いています。
お腹の脂肪を取ってきて、その中から酵素処理等で幹細胞を抽出して培養した後、また自分の体へ戻すという治療です。戻し方も、点滴で戻したり、注射で戻したりとあります。
幹細胞投与での死亡事故
現在私の知るところ、自家脂肪由来の幹細胞投与で、細胞が癌化したなどの副作用報告は知りません。しかし、点滴で投与した場合は、肺血栓塞栓症にて死亡事例も報告されています。
これは、幹細胞を培養して血管内に直接入れた場合、細胞塊や、なにかの不純物で血管が詰まってしまう血栓塞栓症に起因するものだと思われます。当時、事故を起こした業者は、飛行機内の気圧の関係ですでに血栓ができやすい状態にあった(エコノミークラス症候群)などと否定していたようですが、医師から見ると幹細胞治療が原因であった可能性も十分考えられます。(「危険な幹細胞ビジネスには厳しい視線を」参照。)
発毛の場合は、頭皮への直接注射ですので、毛細血管が詰まってしまうというリスクはゼロではないでしょうが、直接点滴するよりは、そういった事故はかなり低いものと思われます。
脂肪由来の間葉系幹細胞が頭皮に果たして根付いて、毛母細胞を作り出すことができるのか?という大きな疑問が私にはありますが、有効性に関しては未知の部分もあり、ここでは言及しないこととします。
治療費用に関してはびっくりする価格となるようです。私が直接いくつかの施設に問い合わせたり、調べた限りでは、3回~5回前後の投与で、100万円~250万円という価格でした。とても気軽に受けれる治療とは言えません。
ちなみに、最近アメリカのサンフォードバーナム研究所は、幹細胞を皮膚乳頭細胞へ分化増殖させ、それをマウスの皮膚へ移植することにより発毛に成功したと発表しています。(米サンフォードバーナム研究所論文(リンク切れ)。)まだ、実用化は先だと思われますが、これができるようになると、今まで毛乳頭細胞を後頭部などから取ってきて、それを培養させて移植するということをせずに、幹細胞からいくらでも乳頭細胞を分化、増殖させることができるようになるので、発毛の分野では革新的になりそうです。
幹細胞培養液を使った発毛治療(HARG ハーグ治療など)
幹細胞培養液を使う治療は、もっと多くの施設で行われています。培養液の中で幹細胞を育てていく過程で、細胞が様々なサイトカイン、成長因子を培養液中に放出します。
培養液中には、前回の記事で書いたFGF7や、FGF1,FGF2,VEGF,IGF,HGF(個別の成長因子の機能に関してましては、少しずつ記事にします)など発毛に関わる様々な成長因子が含まれているため、それを頭皮へ投与することによって、発毛を促そうという治療です。
培養液中の成長因子を用いるので、細胞自体は含まれておらず、他人の幹細胞の培養液であっても使用でき、また、細胞自体を用いないので癌化などの危険もないとされています。
発毛治療の代表的なものとしては、脂肪由来幹細胞の培養上清を用いたHARG(ハーグ)や、人の皮膚由来幹細胞(皮膚といっても新生児のおちんちんの皮を使用していますが)の培養上清を用いたBenev(ベネブ)があります。いずれも、細胞自体は薬剤には含まれておらず、培養液中に存在する成長因子を治療に応用しています。
HARG ハーグ治療の発毛効果
HARG(ハーグ)療法は韓国Prostemics社が製造しているヒト脂肪幹細胞由来培養上清に、米Finningan Pharma社製の育毛剤であるmesoHAIRを混ぜあわせたものですが、現在様々な問題点が指摘されています。
一つは有効性の根拠についてです。HARG(ハーグ)療法を行っている施設のHPを見ると、発毛率99%や100%などの文字が踊っています。私のクリニックでは、HARG(ハーグ)療法をしておりませんが、HARG(ハーグ)療法を過去にしたという患者さんが20名以上通院(※数名から一部改変、2016年10月現在は20名を超えています)しています。
HARG(ハーグ)療法を過去にしていたというドクターも知り合いにいます。彼の意見では、発毛率99%と患者には決して説明しなかったそうです(現在はその医師はハーグ治療をやめています)。
私がハーグ治療を受けた患者さんの話を聞く限りでは、ハーグ治療に満足している患者さんはいませんでした(当院へ通院している患者さんへの聞き取りです。)
髪が生えたという患者さんは確かにいますが、軽度改善ではなく、ハーグで満足いくレベルまで生えたという方は3割程度です。中にはフサフサに戻った方も1割弱(2名のみ)おられます。しかし、生えた患者さんを含めて全員がハーグ治療に満足していないのは、治療をやめると髪が抜け落ち、一時的な効果しか得られなかったからです。
実際に12回ハーグ治療を行った患者さんから伺った話を書きます。
その患者さんはもともと内服薬に強い抵抗があり、ハーグ治療で有名なクリニックへ相談へ行きました。すると医師からは「最初は3週に1回のペースでやって3~4回で生えてきます。8回のコースで満足が行くレベルになります。頭皮が若返るのでそのあとは持続的に効果を発揮しますよ。」と説明を受けました。
内服治療をしたくなかったので、一緒に勧められた脱毛抑制薬のフィナステリドの治療は断りました。
そして8回1コースで100万以上の金額を支払って治療を開始しました。
6ヶ月後の患者さんの感想は「自分が満足いくレベルではなかったですが、確かに生えたんです。」というものでした。
スマホで経過写真も撮っていて、私も見せてもらいましたが、発毛していることが確認できました。その患者さんはハーグ治療しか受けていないので、ハーグ治療単独でも効果があるという証明にはなると思います。
治療が終わって急激に髪が抜け始める
患者さんは8回の治療が終わった後、髪が生えてきたので喜んでいました。しかし、そこから1ヶ月が経過した頃から抜け毛が増え始め、2ヶ月経過する頃にはどんどんと抜け始めるようになりました。
1コースが終わって2ヶ月後に慌ててハーグ治療を受けに行きました。医師からは「個人差があるので、徐々に維持できる間隔にすればいい。」と説明を受けました。
ハーグ治療を行った直後は髪が生えるものの、また2ヶ月でドバっと抜けての繰り返しで、結局維持するのに2ヶ月以上の間隔を空けることができず、気づけば12回、わずか1年間で総額200万を費やしました。経済的に厳しくなり、結局治療を諦めることになり、その後半年して完全に元の薄毛状態に戻りました。
ハーグ治療のリスクを説明しない医師に問題がある
当院に通院している「過去にハーグ療法を行った患者さん」は、効果が実感できなかった人も多いのですが、効果を実感できた方も100%の方が「やめると元に戻る。」ということをおっしゃっています。
さてハーグの開発者である新宿桜花クリニックの福岡医師の説明を見てみます。
出典 HARG治療センター 新宿桜花クリニック
「ネットやブログで効果が出なかったというひともいるようですが?」という質問に対して
「当院で治療を受けた患者さまの中で、効果が出ない、効果がなかった、という方はいらっしゃいません(引用 HARG治療センター 新宿桜花クリニックWEBサイトより)」
とはっきりと答えていますね。
出典 HARG治療センター 新宿桜花クリニック
「プロペシアやミノキジルが副作用で使えなくてもハーグの効果は維持できるのでしょうか?」という質問に対して
「頭皮が若い状態になり、毛周期が正常化した状態であるため、持続的な効果を発揮します。(引用 HARG治療センター 新宿桜花クリニックWEBサイトより)」
と効果が維持されるメリットを述べています。
私の知り合いのHARG(ハーグ)療法を施行していた医師(もう今はハーグ療法をやめています)の話では「効果がある患者もいるんですけどね。満足度はどうかって言われると、自分の実感としては3割くらいの患者さんが治療に満足っていうレベルですね。」とのことでした。
ちなみに上記のHARG治療センターの福岡医師のところでは、発毛率99%で患者満足度94.4%だそうです(公式ページ開示)。
そもそも発毛率99%とは、何をもって99%としているのかが不明です(発明者のご自身が書かれた論文は2つだけありますが、論文の内容だけ見ても症例報告であり、エビデンスレベルは低く、とてもそのような広告を大々的に打てるレベルにはないはずです)。発毛率99%の効果、根拠を示した(ご自身が書かれた論文以外の追跡)論文もなく、比較試験も行われてはおらず、仮に効果があるにしても非常に広告方法に問題があると考えています。
また、HARG(ハーグ)療法を行っているクリニックでは、プロペシアやミノキシジルなどの治療をHARG(ハーグ)療法と一緒に勧められるケースが多くあり、発毛したとしてもそれはHARG(ハーグ)療法の効果とは言い難いと思います。
ネットの声を調べる限りでも、発毛率99%の治療とは思えないほどの評価があります。94.4%の満足度と発毛率99%であれば、不満に思う患者さんは相当に少ないはずなのですが、当院に通院している患者さんの満足度(非常に満足)は0%です。
もちろんハーグ治療で生えた後も維持が出来て満足しているのであれば、当院へは来院するはずはありませんので、0%に決まっていますが。そういった意味では、過去にハーグ治療を受けて、現在は他のAGAクリニックへ通院している患者さんのほとんどが満足度が低いと言えそうです。
ネットで拾った不満の声の一例を掲載しておきます。満足という評価もありますので、詳細はリンクサイトでご自身で判断してください。
HARG療法(ハーグ療法)の口コミ・体験談―不満
投稿日:2016-09-14/匿名さんからいただいた口コミ・体験談
1クール施術しました。結果から言うと生えませんでした。見事に騙されたと今では思っています。担当医は基本口がお上手。大柄で声もでかくて物を言うのが高圧的です。1クールが終わった後質問の電話をしたら、治療時間以外はかけないでくれ、クライアントをアナタ呼ばわり、金に成らぬものなら見捨てる感じが大々的に垣間見えたので、私は諦めました。私同様患者は精神的に落ち込んでいる状態です。私たちは勇気を出して病院のドアを叩くわけです。その中であのような態度はいかがなものかと思います。美容業界は怖いですね、人を騙して金を吸い取る、、
HARG療法(ハーグ療法)の口コミ・体験談―不満
投稿日:2016-05-09/大君さんからいただいた口コミ・体験談
全く、ダメでしたお金を、捨てました。一時は、はえてきましたが、直ぐに、抜け落ち、治療前より、ひどくなりなした。お勧めしません
HARG(ハーグ)治療の問題点はその有効性だけでなく、費用に起因している部分もあります。1回の治療が約10万円~15万円前後、おおよそ8回受けると100万円程度はかかります。
発毛率99%のために高額な費用を払うのだから、患者さんとしては生えてもらわなければ困るわけですし、生えて当然と思うわけです。製剤の原価を知っておりますので、高価な薬剤であることはわかるのですが、それでもHARG(ハーグ)の料金は良心的な価格とは言い難いと思います。
そして患者さんへの説明に問題があります。当院に来院した患者さんのほとんどは、ハーグ治療で髪が生えたら維持できるものと思って治療を受けたそうです。
HARG治療センターのホームページを見る限りは、患者さんがそう思い込んでも仕方がない説明がなされていると思います。ハーグの有効率、患者満足度、効果は一時的であるのかそうでないのか、どれくらいの割合で髪が維持できるのかなどもう10年も治療をしているのですから、データが十分にあっていいはずで、患者さんへ真摯な説明があっていいはずです。
もちろん一定の割合で効果がある治療だと思いますので、誇大な広告を行わずに、きちんとメリット・デメリットを説明し、患者さんが同意した上でなら問題ありません。しかし、どうもそのようにされていないクリニックが多いようです。
ベネブについて
新生児のおちんちんの皮から取った幹細胞の培養上清液であるBenev(ベネブ)に関してです。
アメリカのBenev(ベネブ)社が発表した資料によると、72人の男女を対象にした試験で42%の患者で発毛、33%の患者で毛髪が太くなり、72%の患者で脱毛の進行が止まったとしています。同時に使用した薬剤はなく、単独の効果であり、また副作用は1例も認めなかったということです。
HARG(ハーグ)よりは、ずっと安い価格で施術できるのは利点ですが、治療効果はあまり高くありません。私も過去にベネブの治療を施行していたことがありますが、実際の臨床でも、やはりBenev(ベネブ)単独の治療だけで結果に満足するという患者さんは、非常に少ないです。
Benev(ベネブ)は、皮膚の幹細胞培養液に含まれる再生因子を溶液化してパッケージにしています。再生因子はタンパク質ですから、凍結乾燥させない限りは徐々に活性が落ちていきます。
Benev(ベネブ)中の再生因子が、製造されてから患者へ使用されるまで、どれくらい活性を保っていられるのでしょうか?そのあたりも、Benev(ベネブ)の有効性が低いということに関わってきているのかもしれません。そのことについて、また次回へ続きます。