2018/10/21
目次
毛髪再生医療・資生堂はすでに治験を開始
資生堂と京セラの毛髪再生医療について記事にしようと思いつつ、かなりの時間が経ってしまいました。
資生堂は男女合わせて60人を対象に、毛球部毛根鞘細胞(もうきゅうぶもうこんしょうさいぼう)と呼ばれる毛球部の一番下にある自家細胞を培養して頭皮へ戻すという毛髪再生医療の治験を東京医大で行っています。
個人的には資生堂よりも京セラの毛髪再生医療の方が成功する(効果が出る)と思っていますが、両者について簡単に書いていこうと思います。
資生堂の毛髪再生医療
資生堂が治験で行っている毛髪再生医療の実際の方法を見ていきます。内容は難しくなくシンプルなものです。
(出典 NHK)
①後頭部から10本程度の髪の毛が含まれる頭皮を採取
後頭部は男性ホルモンの受容体が少なく、脱毛を促進する男性ホルモンの影響を受けにくい部分です。この部分の細胞を使うことで、その細胞の遺伝子が受け継がれて、移植・注入した部位も男性ホルモンの影響を受けにくい毛髪細胞へ分化することを期待しています。
10本程度の髪の毛が含まれる頭皮は数ミリの切除で済みますので、植毛と異なり侵襲性は非常に少ないものになっています。
②毛球部毛根鞘細胞を3ヶ月かけて100万個に培養
毛球部毛根鞘細胞(もうきゅうぶもうこんしょうさいぼう)については後述しますが、毛包を誘導(毛を作る)能力がある細胞です。この部分を患者の毛包器官から取り出し、体外で100万個に培養します。
植毛の場合は後頭部の毛を、脱毛部分に移すだけですので、髪の毛全体の総量は変わりませんし、後頭部から取られた毛は再生しません。
再生医療の場合は、体外で培養するので後頭部の毛が無くなるという心配はありません。
③増やした細胞を注入
体外で培養した毛球部毛根鞘細胞を、脱毛しているエリアの頭皮へ注入します。細胞の密度にもよりますが、恐らくはそこまで太くない針で頭皮へ注入できると推測されます。
おおよその毛根の深さ(3~5mm)程度に注入するのが効果的であると考えられます。一定の深さに注入できるように工夫された専用の注射器が開発されるかもしれませんが、シリンジと注射針で施術できるので侵襲が少なく、大きなメリットになります。
毛球部毛根鞘細胞(もうきゅうぶもうこんしょうさいぼう)とは
毛乳頭や毛母細胞は聞いたことがあっても、毛球部毛根鞘細胞(もうきゅうぶもうこんしょうさいぼう)って聞いたことがないという方は多いと思います。
(出典 中沢陽介:ヒト細胞・組織を利用した毛髪再生医療の基礎と臨床応用.RSMP vol.6 no.1,2016:91—99.)
図の赤線で示された毛球部毛根鞘細胞は、毛球部の底部を鞘(さや)のように覆っている細胞です。頭文字をとって「DSCC」と呼ばれています。
毛球部毛根鞘細胞は毛包誘導能力(毛を作る能力)があることがわかっており、そこに資生堂が着目してこの細胞を単離して(取り出して)発毛治療へ応用しています。
副作用は
懸念される副作用・考えられる副作用にはどんなものがあるでしょうか?
一番の懸念事項は、体外で培養した細胞の遺伝子に変異が起こり、癌細胞が出来てしまうという可能性があることです。ips細胞を用いた治療でもこれが最も懸念される事項として挙げられています。
しかし、ipsと異なり自家細胞(自分の細胞)を培養するということを考えると、リスクはあまり高くないと個人的には思っています。(もちろん今後の研究結果を待つ必要はあります。)
他には、細胞培地に使用される添加物によるアレルギー反応、注射手技そのものによる出血、感染などのリスクが考えられます。
ただこれも、細胞の培養に使われるのは、主に成長因子などのタンパク質であり、細胞はもともと自分の細胞ですから、アレルギーを起こすリスクもかなり小さいと考えられます。
京セラの毛髪再生医療
資生堂と一緒くたに考えられている京セラの発毛治療ですが、実は主要部分で大きな違いがあります。
(出典 京セラニュースリリース)
上記は京セラが開発中の毛包再生治療と植毛との比較です。基本的な施術方法は資生堂と同じです。つまり後頭部から少量の頭皮を取り、細胞を取り出して培養し、脱毛部分に戻すというものです。
京セラと資生堂との大きな違いは、頭皮から取り出して培養する細胞の違いです。
(出典 京セラニュースリリース)
①毛乳頭細胞とバルジ領域上皮細胞を培養
資生堂は毛球部毛根鞘細胞という細胞を取り出して培養しますが、京セラは毛乳頭細胞とバルジ領域に存在する上皮性幹細胞を取り出して培養します。
バルジ領域は、上の図で示されているように毛根の上部にあります。バルジ領域の毛包幹細胞が細胞分裂することにより、毛乳頭の毛母細胞が形成されることがわかっており、非常に重要な働きをしている領域です。
ちなみに、バルジ領域には色素性幹細胞もあり、これは黒髪の毛を作るメラニンを産生するメラノサイト(メラニン産生細胞)のおおもとになる細胞です。
②毛包原基を再生
毛包原基は毛包の基礎となる細胞の集合体です。京セラは、コラーゲンゲルの中でバルジ領域の上皮性幹細胞と毛乳頭細胞(間葉性幹細胞)を高密度に区画化して、再構成することにより毛包原基を作る技術をもっています。
③毛包原基を脱毛部分に移植
毛包原基を、脱毛している部分に移植します。毛包原基は細胞の集合体のため、注射器で戻すことは恐らくできませんので、ある程度の侵襲があるものと予想しています。
実際に毛のないヌードマウスに再生した毛包原基を28個移植したところ、3週間で1㎠あたり124本の毛が発毛しています。人の頭髪密度は1㎠あたり150~300本ですので、十分な発毛量と言えます。(京セラの資料では頭髪密度を1㎠あたり60本~120本としていますが、参考にしている文献が少し古いようです。)
(出典 NHK)
今後に期待
京セラ、資生堂とも2020年の実用化を目指していますが、だいたいこういう新しい治療は平気で遅れます。それでも今後5年~10年で、脱毛症治療は大きく前進する可能性を秘めていると言えます。
実は過去に海外のいくつかの研究グループで、自家毛乳頭細胞を単離、培養して脱毛症治療に応用した試みがありますが、いずれも失敗に終わっています。単に毛乳頭細胞(間葉系幹細胞)を培養して戻すだけの場合は、成功しないようです。
資生堂の毛球部毛根鞘細胞を用いた治療は、レプリセル社で過去に治験が行われています。毛髪密度が5%以上増加した被験者は16名中10名、約63%の患者で改善が認められたと言う結果になっています。
統計的に有意ですが、100%ではないですし、効果も「5%以上の毛髪密度増加」というのは、私としては若干期待外れに思ってしまいます。やはり毛球部毛根鞘細胞だけの移植では、毛包を完全に再生させるのに不十分なのかもしれません。また、改善したとしてその後どれくらい維持できるのかは、今後の資生堂の治験を待たなければならないと思います。
一方京セラは、あくまでマウスの実験ですが、十分な量の毛を再生することに成功しており、その点でも個人的には京セラの治療に期待しています。
京セラの再生毛包原基に、資生堂の毛球部毛根鞘細胞も加えると相乗効果があると思うのですが、特許などの関係で双方の治療は使えないのでしょうね。
現在の治療は飲み薬、成長因子治療を含めて続けて行かなければ元に戻ってしまうため、再生医療で数年、数十年、あるいは一生持続できる安全な治療が開発されることを期待しています。